大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1436号 判決

控訴人 関東信越国税局長

訴訟代理人 家弓吉己 外三名

被控訴人 鈴木穐男

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを五分し、その一を控訴人その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二項同旨及び訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、控訴代理人において「控訴人関東信越国税局長は、先に昭和二十五年三月二十四日付を以てなした本件審査決定につき、昭和三十二年五月二十日一部取消をし、所得金額を金二、〇七三、八〇一円(取消額一六八、〇〇〇円)所得税額を金一、三七五、九一一円(取消額一三四、四〇〇円)加算税額を金三〇六、二〇四円(取消額四三、二八二円)追徴税額を金二三七、〇〇〇円(取消額三三、五〇〇円)とする旨決定し、その頃これを被控訴人に通知したものである。」と述べ、被控訴代理人において「右審査決定の一部取消通知があつたことは認める。」と述べた外、原判決事実摘示と同一につきこれを引用する。

証拠〈省略〉

理由

被控訴人の主張する原判決事実摘示(一)ないし(四)の(イ)の事実中被控訴人は最初個人営業である印刷業を廃止するため、営業用の機械器具と共にインキ活字原紙等の原料資材を新設の同族会社たる朝陽堂興業印刷株式会社に現物出資する心算のところ、同会社の資本金が十九万円に過ぎない関係上、一先づ現金出資で会社を設立した上、右原料資材を会社に売却譲渡したものであつて、その譲渡は営利の目的を以てしたのでないから、これが対価の取得は当時の所得税法上譲渡所得に該当するとの被控訴人主張の点を除き、凡て控訴人の認めるところである。それ故本件における主要の争点は、右対価の取得が被控訴人主張の如く譲渡所得と見るべきか、はたまた本件審査決定における如く事業等所得に該当すると見るべきかに存するので、以下これにつき検討する。

昭和二十三年分所得につき適用される所得税法(昭和二三年法律第一〇七号により改正、昭和二五年法律第七一号による改正前)第九条第一項第七号は譲渡所得に対する課税標準につき規定し、右譲渡所得とは、資産の譲渡に因る所得(前号に規定する所得及び営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得を除く。)を指すものとしており、その資産が不動産であると動産であると動産であるとは、これを問わないのである。しかし、同条項第六号の山林の伐採または譲渡に因る所得は、山林所得として別号に規定されているので、当然これを譲渡取得より除外すべきであり、更に「営利を目的とする継続的行為に因り生じた所得」を除いたのは、譲渡所得が本来一時的臨時的な資産の処分に因つて生ずる所得であつて、経済的利益の取得を伴う事業活動(その事業は社会通念上事業と認められるべきものの一切をいい、商法上における商人の営業の如く利潤追及を専らとするもののみに限らない。)によつて、継続的に生ずる所得とは、自らその性質を異にするが故に、この種の所得をも除外した趣旨であると解される。そして事業者がその事業の用に供する棚卸資産即ち商品、原材料、製品、半製品、仕掛品、貯蔵品、消耗品及びこれに類する物的流動資産は、事業活動による所得の源泉をなすものであつて、これが譲渡に因る所得は事業用固定資産若しくは事業に関係なき資産の譲渡に因つて生ずる一時的臨時的な所得と異り、事業に因る所得そのものであるから、前記法条第一項第七号の譲渡所得には該当せず、同項第九号の事業等所得の部類に入るべきものと考えられる。このことは現行所得税法第九条第一項第四号において、事業用固定資産の譲渡に因る所得を事業所得より除外し、その反面棚卸資産の譲渡は当然事業所得に含まれるべきことを規定している趣旨に徴してもこれを窺い得べく、当時の所得税法にはこの種の規定は置かれてなかつたけれども、譲渡所得に関する税法の建前は現在と何等変るところはなかつたものと解される。ところで印刷業者が個人営業を廃止する予定の下に、その有するインキ、活字、原紙等の棚卸資産を処分する行為は、事業の終末段階における事業活動の一部に外ならず、その譲渡先が一般の第三者であると自己の設立した同族会社であるとによつて、税法上別異に取扱うべきいわれはないから(会社の設立が仮装であり、譲渡自体が実質的に虚偽であるというならば格別)、その譲渡対価の取得に因つて生ずる所得は譲渡所得でなくて事業等所得に該当するものといわなければならない。その上、本件物品の譲渡が被控訴人主張の如き経緯の下になされ、同族会社に対する現物出資に代るべきものであるとしても、それはひつ竟被控訴人の営業のためにする行為であつて、営利性継続性なきものとはいい得ないから、これを以て「営利を目的とする継続的行為」に属しないとすることはできない。なお、本件は被控訴人主張の廃業(昭和二十三年六月三十日廃業翌月二日届出)前なる同年二月二十五日なした原料資材の一括売却に関する案件であるが、製造業者が製造行為を廃止した後原料の売却処分に因つて生じた所得は、昭和二五年法律第七一号による改正前なる同じ所得税法第九条第一項第九号にいう事業所得であつて、同項第七号の譲渡所得でないとする最高裁判所昭和三十二年十月二十二日第三小法廷判決も、本件につきこれを参照すべきであることを付言する。して見れば、被控訴人主張の所得が譲渡所得に属し、事業等所得に該らないことを前提として、本件審査決定を違法なりと非難する被控訴人の所論は、到底肯認するに由がない。

被控訴人は更に、本件審査決定において昭和二十四年度に賦課される予定の事業税額十六万八千円を廃業の年の昭和二十三年度一般経費に計上して控除すべきであるのに、これを控除しなかつたのは違法であると主張するのであるが(原判決事実摘示(四)の(ロ))、控訴人は当審に至り右被控訴人の主張を容れ、昭和三十二年五月二十日付を以て先になした審査決定の一部を自ら取り消し、所得金額より右事業税相当額を控除し(取消額十六万八千円)、これに対応して所得税額加算税額追徴税額等をそれぞれその主張の如く訂正し、その旨被控訴人に通知したことは、被控訴人の認めるところであるから、本件審査決定取消の事由として主張された右論点は既にその対象を失つたものであり、ここに重ねて言及すべき限りでない。

然らば本件審査決定の取消を求める被控訴人の請求は失当としてこれを棄却すべきであつて、右とその趣旨を異にする原判決は取り消す外なく、本件控訴はその理由がある。但し訴訟費用の一部は被控訴人の権利の伸張防禦に必要な行為に因つて生じたものと見るべきであるから、勝訴者たる控訴人をしてこれを負担せしめるを相当とすべく、民事訴訟法第八十九条、第九十条、第九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例